地域のため 患者様のため そして ご家族のために 2028年早春を目指し 医療の中心地に 新・京都大原記念病院を 開設します

「自分らしく」

私たちの仕事は、この5文字に込められた
真の意味と向き合うことから
始まります。

病と向き合う。前を向けず、
後ろを向いてしまうことだってある。
それでも、
救われた命から湧き出る
「自分らしくありたい」、
そう強く願う想いが、
やがて力になることを、
私たちは誰よりも知っています。

だからこそ、あしたのかたち、
をていねいに描く。
その一歩に必要なのは、
「あなたのあした」を大切にすること
向き合って向き合って、考えて考えて。
もっと何かできるはず。
想いがかたちになるまで、
私たちは挑みつづける。

一人ひとりの「こう生きたい」に
向き合う医療へ。
時に、医療の枠を超えて、
地域や社会、
京都という地の息づかいに
力を借りながら、
人が、いちばん自分らしく
あろうとする時間を、私たちは共にする。

「自分らしく生きるこころ」までも支えたい。
私たちは、京都大原記念病院です。

スペシャルムービー

Special Movie

私たち(京都大原記念病院)を表す、ことば。
「あしたを、あなたらしいに。」に込めた想いをご紹介します

ストーリー Story

Story 01

寄付者の遺志を受け継ぐ
旧・了徳寺(真宗大谷派=本山・東本願寺=)土地活用プロジェクト

移転地は今出川通と鴨川に面し、東山を臨む場所に位置します。皇族である伏見宮家の邸宅跡地であり、周辺には京都御所や下鴨神社、鴨川デルタなど京都を象徴するスポットが集中します。第二次世界大戦後1953(昭和28)年に了徳寺となりますが、住職が1977年に亡くなり無住職に。以降は長年に渡って土地活用の目途が立たず “市内最大級の廃屋”と呼ばれるようになりました。
住職家族の「公益のために活用してほしい。」という遺志から2019年に真宗大谷派へ寄付され、活用に向けた協議が重ねられたところ京都府立医科大学、及び京都大学から一部土地を活用した「ドナルド・マクドナルド・ハウス」事業の提案があり、誘致が決定。残りの土地活用に係る公募型プロポーザルに京都大原記念病院グループ(医療法人社団行陵会)が京都大原記念病院の移転を提案した結果、2023年12月に優先交渉権者に決定されました。今後は自然環境へ配慮しながら土地整備工事等が進行していきます。

Story 02

地域医療を支える
更なる連携体制の形成

地域医療は、医療機関ごとの明確な機能分化と連携を基本に、良質かつ適切な医療を効率的に提供できる体制づくり(地域医療構想)が進められています。京都大原記念病院グループもその一翼として、特に急性期医療を担う京都府立医科大学附属病院、京都大学医学部附属病院、京都第一赤十字病院、京都第二赤十字病院などと連携し、年間約1,500名の患者様の社会復帰、退院後の在宅医療・介護サービスや施設等を含めると延べ約4,000名を一体的に支える仕組みを構築しています。
2024年4月に京都府立医科大学附属病院と京都大学医学部附属病院が三次救急医療施設に、また京都第二赤十字病院は高度救命救急センターに指定されました。今般の京都大原記念病院の移転先は、こうした急性期医療を担う病院に近く、急性期治療を終えた患者様を受け入れ集中的にリハビリテーション医療を提供することで、京都の市街地中心部を拠点とした更なる連携体制を形成し、地域医療への貢献を目指します。

Story 03

グループのリハビリテーションの発展

1981年、当時無医村であった大原に京都大原記念病院が誕生しました。京都には、急性期医療を担う公的な病院が集中しています。元は外科医の児玉博行代表は無医村集落の病院運営に於いて同じことをやってはいけないと早々にメスを置きました。着目したのが急性期と生活期の狭間を担うリハビリテーション医療です。オーストラリアなどの先駆的事例にも学び、1985年頃に導入して政策提言も重ねると、後を追うように2000年に回復期リハビリテーション病棟が制度化されました。
以降もリハビリテーションのあり方を発展させてきました。2013年に開設された御所南リハビリテーションクリニックは、脳卒中や神経疾患のリハビリテーションを通院で提供する数少ないクリニックです。大学病院や急性期病院の医師約20名らが診察にあたり、生活期の個別性が高い要望に応えています。2018年には京都近衛リハビリテーション病院を開院。食事やアメニティなどの生活関連サービス、コンシェルジュの配置など総合的な満足度を高める取り組みを推し進めました。

左から、現地視察する岩中督理事長、児玉博行代表

Story 04

自然保護に努めて解体工事を進行
ドナルド・マクドナルド・ハウス京都寄付金募集 目標達成

左から、現地視察する岩中督理事長、児玉博行代表

2024年5月、旧了徳寺の解体着工を控えるなか敷地内でアオサギの営巣が確認され、工事が一時中断するという不測の事態が起こりました。元の土地の所有者が残した「自然を守りながら公益のために活用してほしい」という遺志。そして、整備が予定されているドナルド・マクドナルド・ハウス京都(京都ハウス)が子供のための施設であることも踏まえ、アオサギの巣立ちを待つことになりました。この様子は、地元新聞社でも取り上げられました。
思わぬトラブルに見舞われた工事も同年9月には工事を再開し、2025年を迎える頃には更地に。同年3月末には京都ハウスの建築資金の募金が無事に目標金額の4億円を達成。これを知らせる記者会見に先立ち、京都ハウス運営法人の、公益財団法人ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・ジャパン 岩中督理事長と、京都大原記念病院グループ 児玉博行が共に現地を視察し、今後の協力関係を確認しました。

景観に配慮した階段状の構造

特例を受けて実現する地上5階建て

鴨川との出入りが可能

鴨川沿いの好ロケーション

Story 05

新病院構想がまとまり、
26年3月着工

寺院跡5,273㎡のうち、4,302㎡と隣接するパチンコ店跡地767㎡の計5,069㎡に新病院を建設。両敷地とも40年間の事業用定期借地権契約を締結。建物は鉄骨造・地上5階建て(高さ19.9m)、延べ12,070㎡。患者の入院設備は2階以上に1フロア1病棟(計4病棟)を設置する計画としています。
予定地は京都市の景観政策により、本来15mを超える建築はできません(15m第1種高度地区)。本プロジェクトについては病院の機能確保(フロアごとの病棟配置による感染対策の強化など)や、景観に配慮した建築計画であることが認められるとして「特例許可」を受けて取り組むものです。結果として、賀茂大橋からの眺望を守るため、2階以上のフロアを段階的にセットバックした階段状の構造となっています。また、専門家指導のもと、価値ある文化遺構として「南門(明治後期から大正初期に建築と推定)」を現地に、東座敷棟の「床の間」の一部を院内展示として、それぞれ保存する計画としています。
工事は無事、26年3月に着工しました。今後、約2年の工期を経て28年早春の診療開始を目指します。

Story 06

私たち(京都大原記念病院)を表す、ことば。挑戦の礎になる、変わらない想い。

病院施設の生まれ変わりとともに、さまざまな挑戦(変化)も形にしていきます。同時に、変えてはならない現場のゆるぎない想いがあります。その想いを、新築移転という大きな節目を機にあらためて見つめ直し、言葉にしました。
「あしたを、あなたらしいに。」
職種や年代の枠を超えたメンバー10名を中心に、紡がれたメッセージには、患者様への願いだけでなく、職員自身も自分らしくありたいという決意が込められています。単なるスローガンではなく、各部署での対話を経て全職員の想いを汲み取ったからこそ、組織としての確固たる実感が伴っています。
病院移転という大きな変化を控える今、設備や環境は新しくなっても、これまで大切にしてきた「活気」や「患者様の人生を尊重する芯の部分」は変わりません。自分たちのアイデンティティを再定義したこの1年は、新病院においても「中身まで素敵な、元気になれる病院」であり続けるための、揺るぎない土台となりました。

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 京都大原で培った
想いを紡ぎ
  生まれ変わるまでの歩み