高次脳機能障害者の支援 「醸成」と「これから」
(本記事は2026年6月に発行した『一般社団法人 日本損害保険協会 助成 脳外傷・高次脳機能障害リハビリテーション講習会 京都実行委員会 第30回 講習会 開催決定記念誌』に収録された巻頭対談を再掲するものです。内容は冊子編集時点となっております。)
2025年12月、高次脳機能障害者支援法が制定され高次脳機能障害者に対する支援に関する基本理念が定められました。障害の特性に対する国民の理解が必ずしも十分ではなく、必要な支援にたどり着けていない実情に対する当事者、家族、支援者らの声を受けたものです。本講習会も長年、障害を有する方がその人らしく、心穏やかに暮らせるように理解の輪を広げるために活動してきました。2008年に第1回講習会を開催してからの活動を振り返り、障害支援の「醸成」と「これから」について語り合ってただきました。

当事者の熱意と「北部」から始まった17年の歩み
辻山健太さん(以下、辻山):本日はお集まりいただきありがとうございます。この講習会も次回で通算30回という大きな節目を迎えます。本日は、発足当時から深く関わってこられた武澤先生と、長年現場で高次脳機能障害者の支援に携わってこられた冨田先生をお迎えしました。まずは、2008年の第1回から今日に至るまでの歩みを振り返りつつ、当時の問題意識について武澤先生からお聞かせいただけますでしょうか。
武澤信夫先生(以下、武澤):始まりは2007年、京都府が高次脳機能障害支援事業の取り組みを決定したことでした。当時、私は京都府リハビリテーション支援センターにおりましたが、特に北部(中丹地域)で当事者・家族の会「さくら」を運営されていたTさんの熱意が大きな原動力になりました。「京都で講習会をやりたい」という当事者側の強い働きかけがあり、舞鶴市で第1回を開催することになりました。当時は京都府行政や、リハビリテーション関係団体による啓蒙も不十分で、まずは府民にこの障害を知ってもらうこと、そして当事者を掘り起こし、医療・福祉関係者とのネットワークを作ることが最大の目的でした。
辻山:当時は、今ほど支援の枠組みが整っていなかったのですね。冨田先生がこの活動に加わられたきっかけは何だったのでしょうか。
冨田素子先生(以下、冨田):武澤先生からお誘いいただいたのがきっかけです。当時、交通事故で脳挫傷を負った若い男性を担当していたのですが、身体的な麻痺へのリハビリが終わった後、仕事に戻っても上手くいかない状況を目の当たりにし、「これで良いのか」とモヤモヤした思いを抱えていました。そんな時に先生の勉強会に参加し、高次脳機能障害という視点で患者さんやご家族を見る重要性を痛感したのです。1、2年では見えてこない、10年、20年と続く生活の課題を共に考えるため、私自身も一から学びたいという思いで参加させていただきました。
支援法の成立とコロナ禍に垣間見えた課題
辻山:17年以上の継続の中で、障害を取り巻く環境も大きく変化したと思います。特に制度面や社会の理解についてはどう感じておられますか。

司会を務めた辻山健太氏(京都大原記念病院)
武澤:医療や福祉の現場では、少しずつ理解と知識が深まってきたのは間違いありません。かつてはリハビリ資源が極めて少ない地域もありましたが、現在は当事者・家族や医療・福祉関係者の支援施設が、京都市や、府南部・北部でのネットワークで「面」として広がりつつあります。また、「高次脳機能障害者支援法」の成立により、京都府・市の行政的施策が強化され、適切な対応を期待できる環境が整い始めています。
冨田:現場レベルでは、コロナ禍という大きな壁もありました。入院中の外出・外泊制限により、ご家族が患者さんの「生活上の困りごと」を体感する機会が失われた時期は本当に辛かったです。一方で、オンライン開催(ウェビナー)が普及したことで、遠方の方も参加できるようになったのは大きなメリットでした。ただ、やはり対面での人間関係が希薄になった影響は大きく、今後の課題として「つながりの再構築」が必要だと感じています。
社会の「裾野」を広げ、企業や教育現場とつながる
辻山:「つながり」という点では、この講習会は当初から当事者の方を運営の中心に据えてきましたよね。
武澤:京都実行委員会には当初から当事者の方に入っていただき、司会や準備を共に行う形を続けてきました。時間はかかりますが、そのプロセスを経て、当事者の方が「自分の経験を発表したい」と仰ってくださるようになりました。長い時間をかけて醸成されてきた結果だと感じています。
辻山:まさに、当事者と支援者が同じ立場で歩んできた歴史ですね。では、これからの講習会、あるいは京都の支援体制が目指すべき姿について考えをお聞かせください。
冨田:根底にある「啓蒙活動」という役割は、今後も変えてはならないと思っています。専門的な深い内容も大切ですが、常に「裾野を広げる」ことを忘れず、診断を受けたばかりの人や、疑いを持っている人が気軽に声を上げ、相談できる土壌を作っていきたいです。
武澤:私も同意見です。その上で、今後は医療・福祉の枠を超えて、「企業」や「教育現場」との連携を強化する必要があります。特に就労においては、企業側の理解があれば、当事者の持つ高度な能力を活かせる可能性が十分にあります。これからは産業医や商工会議所、教育委員会などともネットワークを広げ、社会全体で課題を共有できる場にしていきたいですね。
辻山:ありがとうございます。企業や教育といった新しい領域への「伸び代」を再確認できました。民間と公的機関、そして当事者と医療・福祉専門職が1枚岩になって、また次の30回に向けて一歩ずつ進んでいきましょう。
冨田:高次脳機能障害という言葉が当たり前に理解され、誰もが安心して暮らせる社会になるよう、支援法にも期待しながら頑張りましょう。
武澤:実行委員の皆さんの経験や思いを大切にしながら、引き続き「口説き上手」と言われるくらいの情熱を持って(笑)、この会を支えていきたいと思います。
辻山:本日はありがとうございました。
<お知らせ>
第30回 脳外傷・高次脳機能障害リハビリテーション講習会 開催のお知らせ
第二部 シンポジウム
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